2009年9月 9日 (水)

第59回NHK紅白歌合戦を盛り上げるPR番組について

大晦日と言うとNHKで行われる紅白歌合戦だと思います。その番組を盛り上げて行く為にNHKでは様々な関連番組を予定しています。その関連番組をご紹介しますので是非ご覧になって今年の紅白をより楽しんでください。

【紅白スポット】
これは30秒~1分のスポット番組で、12/1~12/26まで毎日色んな時間帯に放送される事になっています。
内容は紅白応援隊をメインキャストに迎えたミニストーリー形式に放送されるもの、色々な著名人にインタビューするもの、紅白の審査員等に関する告知などで、様々な視点から紅白をPRして行きます。

【クイズ紅白歌合戦】NHK総合12/16(火)午後8:00~8:43
この番組は生放送で行われる物で「紅白歌合戦」に関する歴史やエピソード、名場面などを過去の映像と共にクイズ形式で紹介していくバラエティー番組となっています。またこの番組は過去だけではなく今年の紅白の見所などもご紹介しているようです。

【いよいよ明日!紅白完全ガイド】NHK総合12/30(火)午後6:05~6:48
生放送で行われるもので、直前の紅白歌合戦情報、見どころなどをご紹介します。

【紅白検定2008】
昨年から始まったもので、HP、携帯サイト、データ放送などで行われます。紅白の歴史やエピソードなどを検定形式で出題して全問正解者に紅白に関係するプレミアムグッズなどを贈呈するなど楽しい物になっています。検定は携帯とデータ放送で違いますのでホームページなどで確認してください。

1970年代以降の紅白の歴史

「紅白歌合戦」の歴史を年代別で見ていきたいと思います。

1970年代、この辺りから紅白で歌われる曲層が変わってきたようで、アイドル路線の新御三家、花の高一トリオ、フォークソング、ニューミュージックなどが紅白で歌われるようになりました。こう言った事から年輩の方からは「分からない歌を歌われても」と言う苦情が相次いだと言う事でした。

またそんな意見を反映してか、1973年(第24回)放送分に当初は人気絶頂だった西城秀樹さんの出演が確実視されていたが、アクションの激しさを理由に落選したと言う事実があったようです。

また、この頃NHKにとっての基準から歌詞を変えて歌わせるような事も多々起こったようです。それによって折り合いがつかず出場を辞退した歌手もいました。代表的な物で言えばかぐや姫が歌った「神田川」で、歌詞の「クレパス」と言う部分を変えさせようとしたらしいです。今思うとそうする必要がどこにあるのか疑問ですが、当時はこう言った事が多数あったようです。

視聴率は1970年代~1980年代前半にかけてかなり高い視聴率を出していました。80%を超えていた回もあったようです。しかし、当時白組の司会を9年間も努めていたアナウンサーの山川静夫さんは視聴率の低下を理由に降板させられたらしいですが、それでも60%を超えていたみたいですからどれだけ驚異的な番組だったかと言うことが伺えると思います。
これ以降、この驚異的な視聴率を叩き出す事は無く、低下していく形になっていきました。

ジャニーズの紅白歌合戦への出演について

紅白歌合戦をジャニーズが出演している視点から記述してみたいと思います。毎年必ず紅白歌合戦にはジャニーズの誰かが出場しています。考えてみると必ず出場できる音楽事務所、ジャニーズの力の強さが伺えます。

例えば1970年前半はフォーリーブス、郷ひろみさんが出演していて、1982年にはシブがき隊、それ以降、田原俊彦さん、近藤真彦さん、男闘呼組、忍者と本当に途切れる事無く毎年出演しています。

ジャニーズの人間が紅白のトップバッターを飾る機会と言うのはとても多くて、20年間の中で7回もトップバッターを務めたと言う事は人気の高さが伺える物だと思います。また少年隊の「仮面舞踏会」を加山雄三さんが「仮面ライダー」と紹介したのは本当に面白かったと思います。

一時期ジャニーズの人間が多数出演した事からなのか、他の事務所の人間が出演する枠が減ったと言う現象が起き、今では事務所ごとに2組という限定が付いているようです。この制限が付いた頃から出演者はSMAPとTOKIOと限定されてきていて未だにそれ以外のグループは応援と言う形で出演はしても、出演者として歌を歌うと言う事は無いみたいです。それでV6やkinki、タッキー&翼も出演した事はありません。

また、ジャニーズではSMAPはやはり別格で「世界に一つだけの花」で大トリを取った事もある位です。このSMAPとTOKIOを超えて出演するグループは一体どのグループなのか楽しみな所だと思います。

2009年4月 7日 (火)

紅白の歴史1980 年代以降

1980年代後半以降、テレビで音楽番組などが次々と減っていった事も受けて、視聴率は低下していく一方となりました。

また、それまで紅白歌合戦は1部構成で行われていましたが、1989年からは前半、後半の2部構成で行われるようになりました。

視聴率の低迷を食い止めようと、視聴者の需要を考慮したり、多数曲を取り揃えて世代を問わず楽しませるようにしたりして対策を行った所、なんとか50%前後で留まったようです。

また、この時に話題になったのが小林幸子さんの衣装でありました。1985年あたりから段々派手になって来たかと思ったら、十二単を着たりクレオパトラになったり、鳥に扮して飛んでみたりとにかく視聴者を圧倒させました。
1990年代に入ると白組からは美川憲一さんが出てきて小林幸子さんとの衣装対決が話題になっていきました。

また、1980年代以降様々なイベントが無くなったり復活したりするようになりました。
例えば入場行進が元々は会場ホールの後ろ側から出て来たものが舞台の上だけになったり、各組の応援合戦が無くなってしまったり、復活したり、舞台にいたオーケストラの人達もいなくなったりいるようになったり、舞台上に有った出演者の椅子なども設置されなくなって来たりと大分様変わりしているような感じがします。

1990年代前半からは小室哲哉さんの音楽がたくさん出てくるようになり、安室奈美恵さんやglobe、華原朋美さんなど多数出演してくるようになりました。

紅白歌合戦の観覧抽選

年末は「紅白歌合戦」の会場に行って生の歌手達をたくさん見て過ごすぞと思っている方も多いと思います。

しかし、会場に入る為には何か応募など必要ではないだろうか?と思うでしょうが、実は紅白歌合戦を観覧する為には応募して当選しなければ、ならないのです。
しかし、残念ですが既に抽選は終わっていますので今からでは応募出来ません。

でも一応どれだけの応募があって、どれだけの人が行くことが出来るのか今年の結果を見て考えてみたいと思います。

第59回NHK紅白歌合戦を観覧する為には往復ハガキで応募するのですが、応募する為の資格と言うものがあります。それはNHKの受信料を払っている人、払う意思がある人、免除されている人です。この人達を対象として10月10日~10月31日まで応募を受付していました。
応募されたハガキは順に番号が振られ、警察官が立ち合った上で11月3日に抽選が行われたようです。

以下に記述してある件数はホームページからの引用ですが、応募した総数は435956枚、対して当選は1350枚でした。計算してみると倍率は400倍もあるみたいです。すごい倍率ですよね。って事はやっぱりなかなか行くことは出来ないと言うことですよね。

ただ、往復ハガキで応募している為、当選しても落選しても結果が届きますので出した人は12月上旬を楽しみに待っていてくださいね。

それにしても、そろそろ紅白歌合戦ですね。今年はどんなステージになるのか、今から楽しみです。

紅白歌合戦で起きた事1

紅白歌合戦にて過去に起きた出来事を最近から遡ってご紹介したいと思います。

【第58回 2007年】
この年は司会者が紅軍、白軍の両軍男性と言う異例の司会者抜擢になった。両軍男性司会者と言うのはこれが最初ではなく51年振りとの事です。この年の司会者は紅組:中居正広さん、白組:笑福亭鶴瓶さんとなりました。
また、審査結果を東京タワーがライトアップされる色で表現しました。またこの年から2009年までの3年間に渡って統一したコンセプトを発表し、「歌力」としました。

【第57回 2006年】
DJ OZMAが裸体のように見えるボディスーツを着て歌を披露しました。そのパフォーマンスに対して不適切だと抗議が殺到しました。またこの年には歌手を紹介する時に「出場回数」と「出身地」を画面上に表示させる方法が復活しました。

【第56回 2005年】
例年通りの司会者という枠組を設ける事をしないで、司会グループというグループが司会を担当する事になりました。また「スキウタ~紅白みんなでアンケート」というアンケートが実施されたと言う事です。

【第55回 2004年】
世論調査を行って「紅白歌合戦」に出演して欲しい歌手を選出し、その上位15組に対して出演を交渉したようです。
世論の意見を反映させた画期的な事だと思います。

【第54回 2003年】
グループとしては初、SMAPが紅白歌合戦の大トリを努めました。曲目は「世界に一つだけの花」でした。この事から大トリに対しての意識が少しずつ変わってきたように思えます。

紅白歌合戦司会者決定

2008年の紅白歌合戦で司会する二人が決定しました。紅組の司会:仲間由紀恵さん、白組の司会:中居正広さんで、以前この二人で司会を務めた事もある二人が再度司会を務めるようです。今年のコンセプト「歌の力 ひとの絆(きずな) 」、キャッチコピーである「いっしょに。紅白」を元にしてそれに見合った司会者を選抜したようです。

仲間由紀恵さんは第56回、第57回と過去に2回紅白の司会を努めていますし、中居正広さんは第48回、第49回、第57回、第58回となんと4回も司会を努めています。
また、第56回にはこの顔合わせで既に1度司会を努めていますし、今年は映画「私は貝になりたい」でも夫婦役として共演していましたので、「絆」と言うコンセプトがぴったりではないかと思います。

仲間率いる紅組は過去に中居率いる白組と対戦した時、負けてしまっているので今年はリベンジを狙っていると思います。

対して中居は昨年紅組の司会をして負けているので、今年は勝ちを白組で目指すと言う事になりそうです。

過去の成績は紅組28勝、白組30勝と白組優勢の為、紅組も今年は勝ってイーブン近くまで持っていきたい所だと思います。

後は総合司会者が二人、ラジオ中継のアナウンサーが二人と司会の仲間由紀恵さん、中居正広さんの二人を助けながら盛り立ててくれる事だと思います。

色んな予想が飛び交った今年の紅白の司会者、絆をがっちり見せてもらって年末の歌合戦が良くなるようにしていって欲しい物ですよね。

2009年4月 4日 (土)

加齢臭

近年「加齢臭」という言葉をよく耳にするかと思います。
最近急に話題性を増してきていますが、これは造語でありますが一般的にも使われていますね。
実際に、40歳を過ぎたあたりから加齢臭なるものが発生し、年をとるにつれてにおいがキツくなる傾向があります。
この加齢臭ですが、どうも「おじさん」のイメージが定着しておりますが、女性にもあるのでご注意を。
この加齢臭ですが、れっきとした正体があるのです。それは「ノネナール」という物質が体から出されるのです。
年齢を増した方ならさほど気にならないのですが、このノネナールのにおいは、
若い人からすると予想以上に不快感が強いのです。
さてこの加齢臭を和らげるためのグッズもたくさん販売されています。
シャンプーから石鹸まで、ありとあらゆる洗剤が各メーカーにて販売されております。
そこでこの洗剤類を父の日に贈るのはいかかがでしょうか。
香水をつけるのに抵抗がある中年男性は多いかと思いますので、体を洗う洗剤類ならば大丈夫ではないでしょうか。
この中高年の独特なにおいですが、周りの人を不快にさせないためにもやはり対策は必要ですね。
ではこの加齢臭のにおいの元となるノネナール対策をしていきましょう。
ノネナールは、汗腺のそばにある皮脂腺から出る脂肪酸が酸化したり、皮膚表面のバクテリアによって発酵してできる物質なのです。
そしてこれを抑えるには柿由来成分の「カキタンニン」が効果的とされています。
柿成分に含まれているカキタンニンはなんだかとっても力強そうですね。
実際、このカキタンニンは柿石鹸などに入っており、優れた消臭・殺菌・抗菌力があるのです。
また、父の日にサプリメントを合わせて贈るのも良いですね。
健康志向のお父さんならば、父の日をきっかけに抵抗感無く飲めるのではないでしょうか。
日ごろから健康に気を使っているお父さんならば、体臭を抑えてくれるサプリメントは喜ばれそうですね。
サプリメントの中でも、豚や植物由来の成分を使用しているメーカーのものであれば、狂牛病の心配もなさそうです。

父の日に贈る花

さて母の日に贈るものといえば「カーネーション」と決まっています。
では父の日に贈る花はどんなものが良いでしょうか。
なんとなく男性に花を贈る習慣が弱いからなのか、ほとんどイメージがわきません。
そして男性は花をもらって喜んでくれるのかも気になりますね。
では中高年の素敵なお父様には「バラ」が良いでしょう。
高級感漂うバラは、男性にとってもメジャーな存在です。束にしても一輪にしても様になるので人気も高いです。
季節が6月と、春でもなく夏でもなく、しかも梅雨時期なので明るい色のバラが良いですね。
花屋さんでは6月は黄色のバラをよく見かけます。
黄色であればお父さんも照れくさくない色ではないでしょうか。
お父さんに似合う色を選ぶ、というのも楽しくて素敵ですね。
花束でも大変喜ばれるのですが、他の贈り物とセットで花束なら良いでしょう。
しかし、花束のみとなると後に残らず寂しがるお父さんもいます。
そんなお父さんには観葉植物はいかがでしょうか。
花屋さんも父の日が近づくと観葉植物を揃えているお店もありますので、ぜひ覗いてみても良いですね。
今の観葉植物は鉢植えだけではなく、ハイドロカルチャー仕立てのも多く出回っています。
このハイドロカルチャーなら面倒くさがりのお父さんでも育てられるのではないでしょうか。
その他には「蘭の花」も高貴なイメージで良いですね。
しかし育てるのが難しいイメージがありますし、実際難しいですね。
この頑固なイメージが、お父さんの頑固で扱いにくい姿と重なったりする方もいらっしゃるかと思います。
確かに育てるのは難しいですが、見事に咲かせたときの喜びもまたひとしおです。
さてまた切花に戻ってしまいますが、「ひまわり」も素敵ですね。
さんさんと元気な太陽のイメージのひまわりを、お父さんの笑顔と重ねて贈る方も多いです。
毎年ひまわりは父の日の贈り花ランキングの上位に位置しているのは、そんな理由もあるからかもしれませんね。
お父さんにお花を贈るのは抵抗のある方でも、ひまわりなら気軽な感じだしいいか、と思えるような花ですね。

2009年4月 2日 (木)

父の日の始まり

では父の日というのは一体いつから始まったのか、非常に気になります。
毎年毎年何を贈るか悩むのですし、結婚したらその悩みが倍になる恐れもあるのです。
この行事はいつから、どんなきっかけで始まったのか気になるところですね。
まず母の日が始まったのは、1908年のことです。発祥の地はアメリカ合衆国であります。
母の日ができたことを知った「ジョージ・ブルース・ドット」から始まったと言われています。
「母の日があるのに父の日がないのはおかしい」と考えた彼女は、ある行動を起こしました。
この考えをドットが牧師協会へ持ち込み、父の日を作ってもらえるようお願いしたのが1909年のことです。
なぜこんなにも嘆願するのかというと、どうやら深い理由があったようです。
ドットが幼い頃、「ウイリアム・ジャクソン・スマート」という彼女のお父さんは北軍の軍人でした。
お父さんの軍隊での階級は日本で言う「軍曹」でした。
1861年4月12日、南北戦争が勃発し、そこからアメリカの悲劇が始まったのです。
この南北戦争が終わった年は、1865年4月9日です。
ドットのお母さんは、夫のウイリアム氏が北軍に召集されている間、女手一つで一家を支えてきました。
そのため、お父さんが復員した後には、すっかり体を壊してしまったお母さんは間もなく死んでしまったのです。
ここからがお父さんは大変です。残された子供は女の子が1人と男の子が5人でした。
この6人の子供達を、お父さんは男手一つで育ててきたのです。さぞ大変だったろうと思います。
しかし、彼は再婚もせず生涯独身で働き通したそうです。
しかも時代は今と違って「悲劇の時代」と言われていた頃です。
今のように豊かなアメリカではなかったことでしょうから、彼の苦労は大変だったろうと察します。
そしてこの6人兄弟の末っ子の女の子が、「父の日」を申請したドットなのです。
「父の日を作ってください」とお願いしてから7年後の1916年に、「父の日」が認知されるようになったのです。
その後1972年になって、アメリカでは国民の祝日となりました。
これが「父親を尊敬し、称え祝う日」の「父の日」となったのです。

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